月80時間超の残業者には産業医面談が必要?長時間労働者面談の義務と進め方を実務目線で解説

人事労務Aさん

月80時間を超える残業をした社員には、産業医面談を実施しなくてもいいのでしょうか?

産業医 原

月80時間超の時間外労働があり、本人から申し出があった場合、会社は産業医による面接指導を実施する義務があります。研究開発業務や高度プロフェッショナル制度の対象者については、本人申出なしに月100時間超で実施義務が発生します。


長時間労働者面談は産業医の法定業務

長時間労働者への面接指導は、労働安全衛生法 第66条の8で明確に定められた事業者の義務です。実施者も「医師」と指定されており、産業医の中核業務の一つとして位置づけられています。

ストレスチェック後の高ストレス者面談、健康診断の事後措置と並んで、産業医に依頼すべき主要な義務業務となります。


なぜ義務化されているのか:長時間労働の健康影響

長時間労働が義務化対象になっている背景には、働きすぎることで生じる健康被害が医学的にはっきり証明されている事実があります。

WHO(世界保健機関)とILO(国際労働機関)による2021年の共同研究(学術誌 Environment International 掲載)では、2016年に週55時間以上の長時間労働が原因で死亡した人が世界で74.5万人に上ることが明らかになっています。週35〜40時間の働き方と比較すると、脳卒中の発症リスクが35%高く虚血性心疾患による死亡リスクが17%高いと試算されており、長時間労働は現在、世界最大の職業性健康リスク因子の一つと位置づけられています。

代表的な健康リスクは以下のとおりです。

  • 脳・心血管疾患の発症リスク増加(脳卒中・心筋梗塞)
  • 死亡率の上昇
  • 不眠・うつ状態などのメンタル不調
  • その他、消化器疾患・自己免疫疾患など多くの疾患との関連

面談の本来の目的は、「不調になる前に医師が話を聞き、未然に発見・予防する」ことにあります。形式だけの実施ではなく、疾病の発生を防ぐためのスクリーニング機能として運用するのが正しい姿です。


面談対象者の基準:80時間超・100時間超で異なるルール

法令上の対象基準は、労働者の区分によって以下のように分かれます。

労働者の区分対象基準申出
一般労働者時間外・休日労働 月80時間超 + 疲労蓄積本人の申出が必要安衛法第66条の8
研究開発業務従事者時間外・休日労働 月100時間超申出不要・全員義務安衛法第66条の8の2
高度プロフェッショナル制度対象者健康管理時間が週40時間超分で月100時間超申出不要・全員義務安衛法第66条の8の4

さらに、月80時間超に該当した一般労働者には、会社から本人へその超過時間を速やかに通知する義務もあります(働き方改革関連法による2019年改正)。職種別に細分化が進んでいますので、自社の業務がどの区分に該当するかは必ず確認しておきましょう。


法令プラスαの運用:45時間以上を基準にしている企業も

法令の基準は上記のとおりですが、実態としては「80時間ギリギリ運用」が現実的かというと、必ずしもそうではありません。近年は労働時間管理が厳格化し、月80時間超の残業者が出る企業はかなり減ってきています。それでも79.5時間といったギリギリで運用されているケースもあり、これは相当な残業量です。

そこで、法令以上の対応をしている企業も多く見られます。代表的な運用パターンは以下のとおりです。

  • 月45時間以上を基準として、対象者全員に疲労蓄積度チェックリストに回答してもらい、希望者に産業医面談を実施
  • 月40時間以上で徹底:社員を働かせすぎないことを会社方針として打ち出している
  • 大企業(専属産業医がいる会社)でこうした上乗せ運用が一般的

法令以上の運用にすることで、「社員を働かせすぎない」という社内方針が明確になるだけでなく、副次的に残業代の固定費が予測しやすくなるというメリットもあります。

理想を言えば、就業規則本体ではなく付随する社内規程として「長時間労働者への対応ルール」を明文化しておくのが、運用上のトラブル予防にもなります。


残業時間はどう把握する?勤怠管理とテレワークの注意点

対象者の抽出は、人事労務部門が運用している勤怠管理システムから行うのが一般的です。最近は精度を上げるために、以下のような二重管理を行う企業も増えています。

  • カードリーダーで出社時刻を記録
  • PCログオン・ログオフ時刻を別途記録し、両者にズレがないかチェック
  • 1分単位で給与計算するシステムを導入

一方で、テレワークの普及によって勤務時間の把握が以前より難しくなっているのも事実です。

  • 休憩で勤務外と記録しつつ、実は多くの時間働いている人
  • 逆にテレワークの仕組みを利用して、記録上の時間より実際は働いていない人

勤務時間の数字だけでは、その社員の本当の疲労度や働きぶりが見えづらい時代になっています。だからこそ、面談という対面の場で本人の状態を直接確認する意義が大きくなっています。


面談では何を話すのか

面談は、チェックリストに沿って情報収集→症状の解像度を上げる→原因を深掘りするという流れで進みます。たとえば不眠の訴えがあれば、以下のように症状を詳しく確認します。

  • 入眠困難なのか、中途覚醒なのか
  • 何時間眠れているのか
  • いつから続いているのか

そのうえで、仕事面の負荷(業務量・人間関係・締切プレッシャーなど)とプライベート面の負荷(家庭・経済・健康など)の両面から残業が増えている根本原因を深掘りします。

健康への影響を医学的に説明したうえで、必要に応じて「産業医意見書」で会社に就業配慮を提案します。意見書はその社員の残業時間や働き方に直接影響する文書ですので、本人の納得を必ず得たうえで発行するのが原則です。多くの場合は意見書の発行までに至らず、面談での会話だけで終わります。


対象社員に「面談はいらない」と言われたら

法令上、一般労働者の面談は本人の申出が起点なので、「面談はいらない」と言われればそこで終わります。しかしこれは裏を返せば、健康障害が発生する兆候を発見する機会を会社が失うことでもあります。

そこで、会社独自のルールとして「希望制」を超えた運用をしている企業もあります。

  • 月80時間超が3か月以上連続した場合は、本人の希望に関わらず産業医面談を実施
  • 月45時間超が3か月以上連続した場合は、保健師面談を強制的に実施

「拒否されたら終わり」では未然防止になりません。面談を拒否されたときの実務対応については、産業医面談を拒否された場合はどう対応すべき?もあわせてご参照ください。


まとめ:法令を守るだけでなく未然防止の仕組みに

長時間労働者面談は、労働安全衛生法 第66条の8に基づく事業者の法的義務です。法令遵守は当然の前提として、産業保健の本来の目的は「社員の健康増進と疾病発生の未然防止」にあります。

法令の基準を最低ラインとしつつ、自社の業務特性や社員構成に応じて以下を整備することで、長時間労働者面談は形式的な義務対応ではなく実効性のある健康管理の仕組みになります。

  • どこから対象にするか(80時間/60時間/45時間)
  • 拒否された場合の運用ルール
  • 勤怠管理システムとの連動
  • 面談記録の保存と取扱い

よくある質問


月80時間の計算対象には、休日労働も含まれますか?

含まれます。「時間外労働と休日労働の合計」が月80時間を超えた場合が対象です。計算の基準は法定労働時間(週40時間)を超えた部分です。所定労働時間が短い会社では実際の拘束時間が80時間を超えていても、法定外残業は80時間未満というケースもあるため、勤怠システムの集計方法を事前に確認しておくことが重要です。


面談後の記録はどこまで保存する必要がありますか?

労働安全衛生規則 第52条の6では、面接指導の結果の記録について5年間の保存が義務付けられています。記録には「面接実施日・対象者氏名・面接した医師の氏名・医師の意見」を含める必要があります。また、本人の同意なく第三者へ情報提供することは個人情報保護法上も問題となるため、適切な情報管理が求められます。


派遣社員が月80時間超の残業をした場合、面接指導の実施義務は派遣元・派遣先のどちらにありますか?

労働安全衛生法上の雇用主は派遣元企業ですので、面接指導の実施義務は派遣元にあります。ただし、実際の勤務時間を管理しているのは派遣先であるケースが多いため、派遣先から派遣元への速やかな残業時間の共有と連携が不可欠です。派遣契約の際に情報共有のフローをあらかじめ取り決めておくとスムーズです。

投稿者プロフィール

原 達彦
原 達彦原産業医事務所 代表産業医
【経歴】
産業医科大学 医学部医学科 卒業。済生会系病院での臨床研修・救急、総合診療勤務を経て、複数の企業で嘱託や専属産業医を歴任。
その後、産業医学・公衆衛生の専門性を活かし、「原産業医事務所・梅田北オンライン診療クリニック」を立ち上げる。
京都大学大学院(社会健康医学系専攻)を修了し、働く人々の健康や医療アクセスの課題に向き合いながら、臨床と予防の両面から医療の新しい形を実践している。

【資格・所属】
日本産業衛生学会・社会医学系専門医・指導医/労働衛生コンサルタント(保健衛生)

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